2018
20
Dec

青森

太宰治疎開の家~津島家新座敷(青森県五所川原市)

《訪問:2014年05月》

太宰治は、かなり乱れた生活や自殺未遂・心中などを繰り返していますが、何度か、長兄の津島文治の援けを受けています。

その長兄 文治が結婚した際に離れが造られ、新座敷と呼ばれていています。

戦時中、太宰治は東京から山梨の知人宅に疎開しますが、そこも焼け出され、金木に疎開。
東京に戻るまでの1年数ヶ月、この新座敷に滞在しました。

表は当時の面影はありません。

新座敷はリニューアルされていますが、この木組みの廊下は当時のままだそうです。

太宰治が文学談義を交わした洋間。
造り付けのソファがおしゃれです。

床の間のある客間。

その隣の和室が、太宰治が執筆をしていた部屋です。

太宰治が使っていた座卓と火鉢が残されています。

太宰治が座っていた場所に座ることもできます。

ここで、「春の枯葉」、「冬の花火」、「パンドラの匣」、「親友交歓」、「トカトントン」、「十五年間」、「苦悩の年鑑」などを執筆したんですね。

その場所から見た火鉢。

少しだけ、太宰治の気分を味わえます。

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