2018
27
Nov

長崎

土井ノ浦教会(長崎県新上五島町[若松島])

《訪問:2018年09月》

中通島から、若松大橋を通って若松島に渡ります。

晴れていたら、橋からはこんな風景が見られます。

若松島で向かったのは、土井ノ浦教会。
大浦天主堂に次いで、日本で二番目に古い旧大曽教会(明治12[1879]年建立)を買い受け、大正6~7(1917~1918)年に移築したものです。

その知識だけで、ワクワクして向かったのですが。。

どう見ても新しい。。

案内板を見ると、昭和35(1960)年と、平成9(1997)年に大改築が行われたそうです。
あらま。

ただ、内部は木造教会の初期の姿が伺えるとあるので、期待して中へ。
内部は撮影禁止ですが、綺麗なリブ・ヴォールト天井で、柱と柱の間もアーチになっています。
古い雰囲気の椅子も良かったですね。

教会は、港を見下ろす高台に建っています。

手を広げたイエス像もいいですね。
ただ、晴れてたら奈ぁ。

入口前はちょっと狭いので、そこから正面全体を捉えることはできません。
そのため、前にある階段を下りて、見上げたところです。

階段を下ったところに、「風の聖母」と名付けられた聖母マリア像があります。

入口正面に戻ります。
教会の前には、「カリスト殉教顕彰碑」。
特段、日本人らしい名前はついていませんが、日向生まれとありますので、日本人伝道師なんでしょうか。
寛永元(1624)年、福江藩主五島盛利がキリシタン弾圧を誇示するため、豊後、有馬を経て、五島で27年間伝道していたカリストを捕縛・処刑しました。

その2年前、元和8(1622)年には「元和の大殉教」が起きています。
長崎・西坂で、55名ものキリシタンや司祭などが同時に処刑されました。
この「元和の大殉教」以降、幕府のキリシタン弾圧は更に強化されました。
元和9(1623)年には、将軍秀忠が隠居して、家光に代替わり。
幕府への忠誠を見せなければ、何かと理由を見つけられては改易された時代ですから、五島盛利も必死だったんでしょうか。

教会堂正面に向かって右側の小路を入ったところに、「カリスト資料館」があります。
潜伏キリシタンに伝わったマリア観音像やメダイ、洗礼に使ったアワビの貝殻やオラショなどが展示されています。

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