2018
26
Nov

ブログ、 長崎、 遺跡

遣唐使公園と御船様(長崎県新上五島町[中通島])

《訪問:2018年05月》

今里平家塚と道を隔てたところに、遣唐使公園があります。
ま、遣唐使船を模した遊具がある小さな公園ですが、遣唐使に関する解説は分かりやすかったです。

舒明2(630)年に始まった遣唐使
主には、壱岐、対馬、朝鮮半島から山東半島に向かう北路を主に使用していました。
しかし、天智2(663)年の白村江の戦いで惨敗、友好国の百済も滅亡し、朝鮮半島経由のルートは使えなくなってしまいました。
白村江の戦い後の数回は、朝鮮半島に駐留する唐に対して派遣されたとも言われており、その後はしばらく中断します。

大宝2(702)年に遣唐使を再開。
それからしばらくは、南西諸島沿いに行き、沖縄や奄美大島から東シナ海を渡るルートがメインでしたが、8世紀後半の遣唐使は、五島列島から東シナ海を渡るルート(南路)が使われました。
弘法大師空海も伝教大師最澄も、五島から中国に渡ったんですね。

遣唐使公園のほど近く。
遣唐使が航海の安全を祈って、自然石の舟形を奉納したと伝わる「御船様」があります。

五島から東シナ海を渡って唐を目指す、南路。
距離が短いことと裏腹に、非常に危険な航海で、遭難事故も多発しました。
ひとめで分かる舟形。
航海安全の祈りが込められています。

舟形石を納めたこの場所は、亀ヶ崎という亀の甲羅のような大きな石があり、神聖な場所だったそうです。
今は壊されてしまい一部が残るのみ。

でも、祈りを込めて舟形石が奉納された場所が、かねてより神聖視されていたのは興味深いです。

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