2018
10
Nov

長崎、 墓所

柴田勝家子孫の墓(長崎県新上五島町[中通島])

《訪問:2018年09月》

江袋教会を目指し北上している途中、気になる案内看板を見つけました。
柴田勝家子孫の墓」。

秀吉との争いに敗れ、正妻に迎えた織田信長の妹のお市の方と共に北ノ庄に散った柴田勝家
養子の柴田勝政(母が勝家の姉)の子である、柴田勝重が旗本に取り立てられ、東京の三鷹などに領地を得て家名を残しています。
もちろん、この看板の先のお墓の主は、そうした旗本の家系ではありません。
それにしても、何故、こんなところに柴田勝家の子孫が?

墓苑の入口から見たところ。

墓苑の中に入ると、確かにそこかしこに「柴田家」のお墓。
この墓苑のある立串郷の郷土誌には、元和6(1620)年、柴田勝家の孫である勝厚が当地に居住したと伝えられていると記されているそうです。(ゆかりの神社が乙宮神社

左手奥の方に、古い墓石群が。

解説も何もなく、詳細は不明ですが、思いがけず興味深いものに出会いました。

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