《訪問:2013年12月》
平戸島の北西に連なる生月(いきつき)島。
今は、生月大橋で平戸島に繋がっています。
16世紀には、ほぼ全島民がキリスト教の洗礼を受けたそうです。
禁教期には、島を離れたり、殉教した方もいましたが、多くの島民は隠れキリシタンとして先祖からの信仰を維持しました。
生月島の南端近く。
殉教地のひとつ、「だんじく様」です。
岡本大八事件、度続く禁教令、島原の乱。
その後、幕府は寛永17年(1640)年に宗門改役を設置し、キリスト教など禁制の宗教・宗派の信者の摘発を強化。
平戸藩は、正保2(1645)年に専門の役人を配置し、キリスト教徒の取り締まりを強化しました。
その頃、捕吏に追われた一家(弥市兵衛と妻・マリア、その子ジュアン)は、断崖の下のだんじくの繁みに隠れていました。
しかし、子のジュアンが磯に遊びに出たところを、海上から役人に見つかり、殉教しました。
そのため、海上からのお詣りは行われないんだそうです。
繁みの中を抜け、結構な階段を下っていきます。
下りは3~4分でしょうか。