2016
9
Jul

日本の城郭、 岡山

足守藩陣屋跡と木下利玄生家(岡山県岡山市北区足守)

《訪問:2011年1月》

足守藩2万5千石。
最初は、関ケ原の戦いの後、慶長6年(1601年)に北政所(おね・ねね)の兄 木下家定が封じられましたが、家定死後、幕命違反を咎められて改易。
浅野家、天領を経て、大坂の陣の功績により、元和元年(1615年)、家定の次男 利房が改めて封じられ、立藩。
そのまま、明治維新まで木下家の領地として存続します。

城は構えず、藩主の居館である屋形構(御屋敷)を中核とした陣屋町を形成していました。
足守藩陣屋跡①

屋形構の跡は、明治維新後、文教施設用地として利用されましたが、平成7年(1995年)から、今のような芝生の公園となりました。
足守藩陣屋跡②

屋形構は、水路で囲まれています。
足守藩陣屋跡③

屋形構には、庭園「近水園(おみずえん)」が残っています。
足守藩陣屋跡-近水園①

江戸時代中頃までに造られた、池泉回遊式庭園です。
足守藩陣屋跡-近水園②
足守藩陣屋跡-近水園④

池に面して建つのは「吟風閣」。
足守藩陣屋跡-近水園⑤
これは、6代藩主の木下㒶定(きんさだ)が、宝永5年(1708年)に京都御所(仙洞御所)の中宮御所の造営を行った際、その残材で建てられたものといわれます。

陣屋跡には、倉庫のような博物館。
今は「岡山市立歴史資料館芦森文庫」となっています。
岡山市歴史資料館足守文庫
ここには、かつて高台院(北政所・おね・ねね)の所用の品々が納められていました。
しかし、予算不足で修復もままならなかったのですが、合併後は岡山駅西口に隣接する「岡山シティミュージアム」に納められ、修復のうえ、品をかえつつ年に何度か展示されているようです。
(企画展が行われると、展示されないって、常設展示とは言わないよなぁ。。)

陣屋跡に隣接して建つのは、白樺派の代表的歌人 木下利玄の生家です。
足守藩陣屋跡-木下利玄生家①
足守藩陣屋跡-木下利玄生家②
足守藩木下家最後の藩主 木下利恭の弟の次男になります。

先ほどご紹介した「近水園」の池の中の島には、木下利玄の歌碑が建っています。
足守藩陣屋跡-近水園⑤
足守藩陣屋跡-近水園⑥

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