2016
1
Jul

大阪

安居神社~真田信繁(幸村)戦死の地(大阪府大阪市天王寺区)

《訪問:2016年2月ほか》

2度のわたる大阪の陣。
真田信繁(幸村)の勇戦ぶりは、またご紹介することもあるでしょうが、いきなり最期の地とされる「安居神社」です。
安居神社石碑など

大阪夏の陣の最終盤。

徳川家康の本陣に攻め込み、馬印を倒すまで家康に肉薄しますが、数に勝る徳川勢に押し戻され、敗れました。

神社の案内書きでは、奮戦の末に境内の一本松の下で戦死したといいます。
当時の松は枯死してしまい、今ある松(銅像と石碑の間)は社殿復興を記念して植樹されたものです。
真田幸村像と戦死地の碑

また、別の説では、信繁(幸村)自身、この安井神社で傷つき疲労困憊した体を休めていたといいます。
真田幸村銅像
そのとき、越前松平家 松平忠直結城秀康の長男)の足軽大将 西尾宗次に発見されてしまい、「わが首を手柄にされよ」との最後の言葉を残して討ち取られたともいいます。
真田幸村戦死の地碑

安居神社は小高い台地の縁にあり、天王寺/一心寺方面からは細い参道を通っていきます。
安居神社裏参道

社殿はこんな感じ。
安居神社社殿

鳥居の方に向かうと、階段になっています。
安居神社表参道・階段

本来、こちら側が表なんですね。
安居神社鳥居

どうしても、公共交通機関の利便性から、裏から入ってしまいますが、是非、表にも廻ってみて下さい。
安居神社表参道

大阪府大阪市天王寺区逢阪1-3-24
  • このエントリーをはてなブックマークに追加