2016
19
Apr

鹿児島

名勝 仙巌園③(曲水の庭~筆塚/鹿児島県鹿児島市)

《訪問:2016年2月など》

仙巌園。
御殿の裏手も見どころがたくさんあります。

「曲水の庭」方面の案内看板に従って進みます。
保津川を渡る手前、「高枡」があります。
高枡-仙巌園

水の分岐と水量調節のための施設で、今も使われているんですって。

「曲水の庭」方面への通路。
曲水に庭への通路-仙巌園
大河ドラマ「篤姫」のロケにも使われたらしいです。

そして、「曲水の庭」。
曲水の庭①-仙巌園
名前の通り、川の流れに杯を浮かべ、流れてくる杯が自分の前を通り過ぎるまでに詩歌を読み、杯の酒を飲んで次へ流すという「曲水の宴」が催されました。
薩摩と言えば、まずもって「尚武」というイメージがありますが、こういう雅な宴もやっていたんですね。

仙巌園の「曲水の庭」は、江戸時代の形がそのまま残っています。
曲水の庭②-仙巌園
長い間、火山灰や土に埋もれていて、昭和34(1959)年に発掘され、その後の調査で曲水の庭であることが分かったもの。
まるで、タイムカプセルですね。

「曲水の庭」から桜島が見える方に下っていくと、石垣が見えてきます。
「水力発電用ダム跡」です。
水力発電ダム跡-仙巌園
明治時代、仙巌園へは集成館から電気が送られていましたが、明治25年(1892年)、ここにダムが築かれて水力発電を行い、仙巌園の電気を賄うようになったそうです。

海のそばにある建物は、「茶室 秀成荘」です。
秀成荘-仙巌園

ぐるりと「曲水の庭」の方向に戻り、その先へ。

「博打の木」ですって。
博打の木-仙巌園
5月頃になると樹皮が自然に剥がれる様子が、身ぐるみ剥がされるようであるため、この名がついたんだとか。

神社が鎮座しています。
その名も、「御庭神社」。
御庭神社-仙巌園
鹿児島城や仙巌園以外の別邸に散在していた13の神社を明治時代に仙巌園に移し、大正時代に合祀されたもの。
なんか、パワーが詰まっていそうです。

その上部には「江南竹林」。
江南竹林-仙巌園

江南竹、すなわち孟宗竹の竹林です。
美味しい筍をもたらしてくれる孟宗竹は日本在来種ではありません。
第21代吉貴が、元文元年(1736)年に琉球を通じて2株をとりよせてここに植えたのが日本の孟宗竹のはじまりです。

島津の殿様のおかげで、美味しい筍が食べられるんですね~☆

竹林の隣には、江南竹林の由来を記した碑文もあります。
江南竹林の碑-仙巌園

再び保津川を渡ります。
その橋が「水道橋」。
水道橋-仙巌園
ここも「篤姫」のロケ地ですって。

水道橋をまっすぐ進むと、印象的な石造りの建物。
濾過池-仙巌園

「濾過池」です。
とても池には見えませんが、内部は石でできた2つの貯水槽からなり、第1の水槽に石や砂利・砂をいれて水をろ過し、それを第2の水槽にためておいて、下にある御殿に給水したんですって。

明治40年(1907年)、大正天皇が皇太子時代に訪問される際に、綺麗な水を提供するために造られたそうです。

目の前に、不思議な機械「迫ン太郎」。
迫ン太郎-仙巌園

水力を使った杵つきで、玄米の精米に使われていたようです。

そして、石垣のうえに「筆塚」。
筆塚-仙巌園

この周辺でも、「篤姫」の撮影は行われたらしい。

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