2016
31
Jan

ブログ、 鹿児島、 縄文時代、 弥生時代、 遺跡

橋牟礼川遺跡(鹿児島県指宿市)

《訪問:2007年02月》

橋牟礼川遺跡、ご存知ですか?
とても重要な遺跡なんですが、大学受験は世界史だった私は知りませんでした。(^^;)
橋牟礼川遺跡の菜の花

大正になっても、縄文式土器と弥生式土器の違いは、時代で違っているのか、地域で違っているのか分かっていませんでした。
また、時代で違っているとしても、どちらが古いのかも分かっていませんでした。

遺跡発掘のきっかけは、大正5年に、この地で縄文式土器と弥生式土器が発見されたこと。
同じ場所で縄文式土器と弥生式土器が見つかったのは、初めてだったんですって。

大正7年と8年には、京都大学の濱田博士らが発掘調査し、縄文式土器が、弥生式土器よりも古い地層に属していることを発見。
縄文式土器が、弥生式土器よりも古い時代に使われていたことが明らかになったんです。
橋牟礼川遺跡①

それだけでなく、この地が開聞岳の噴火で4回埋もれているのも分かっています。
特に、西暦874年(貞観16年)の噴火で積もった火山灰の下からは、平安時代の集落が、ほぼ完全な姿で発見されています。
6世紀の古墳時代の大集落も埋もれていて、あたかもイタリアのポンペイのようですよね。

噴火にあっても、人が繰り返し住みつくのは、この地がそれだけ温暖で豊かだったからなんでしょうね。

遺跡には、竪穴式住居が復元されています。
橋牟礼川遺跡②

また、遺跡近くには「指宿市考古博物館(時遊館COCCOはしむれ)」があります。
時遊館cocoはしむれ
展示内容も分かりやすいですし、面白い。
おススメです♪

鹿児島県指宿市十二町2290
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